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東京高等裁判所 昭和40年(く)115号 決定

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

公判手続の更新に際し、証拠書類は必ず逐一朗読すべきや、その要旨の告知にて可なりや、は法律解釈の問題であつて、弁護人が裁判官と異る見解をとり、証拠書類は逐一朗読すべきものと主張し、その要旨の告知によることに同意しない場合、裁判官が要旨の告知の方法によつて証拠書類の取り調べをしたからといつて、これをもつて忌避の理由となし得ないことは原決定が説示するとおりであつて、これを不当とする申立人の主張は採るを得ない。

公判更新手続は刑事訴訟規則第二一三条の二の例にならうべきであるが、同条第三号によれば、更新前の公判調書中のいわゆる「供述部分」や、更新前の公判期日において取り調べた各書面は、職権をもつて「証拠書類として」その取り調べをなすべきこととされているが、この「証拠書類として」の取り調べの方法は、法律および規則の定める証拠書類取り調べの方式によつてなすべきものと解するのが相当である。したがつて、証拠書類の内容によつては逐一これを朗読せず、規則第二〇三条の二によつてその要旨を告知してなすことも適法である。弁護人は規則第二一三条の二第四号が、証拠書類の取り調べに当つて、訴訟関係人が同意したときは、その全部若しくは一部の朗読に代えて、相当と認める方法で、その取り調べをなし得る、と規定しているところから、訴訟関係人が同意したときに限り、朗読に代えて他の方法をとり得るが、同意しない限り必ず朗読すべきであつて、朗読以外の方法をとり得ないと主張するのであるが、同条項の趣旨は、訴訟関係人が同意したときは、朗読等証拠書類取り調べの通常の方法によらず、それより一層簡易な方法によつて、その取り調べをすることができる、ということを定めたものと解すべく更新の際に限つて、訴訟関係人が同意しない以上、証拠書類は必ず逐一朗読しなければならない趣旨を規定したものではない。弁護人は直接主義、口頭主義の原則から、更新手続においては、証拠書類は逐一朗読すべきものであつて、その要旨を告知することは右の原則に反する、と主張するのであるが、証拠方法に関する直接審理、口頭主義は裁判官が公判廷において直接耳で証人等の証言を聞きこれを証拠とすべきであつて、その証言を録取した書面や、その証言の伝聞を排除するという原則である。証人等の証言、供述を録取した証拠書類は、直接審理、口頭主義の例外として、その証拠能力を認められているものであるから、その取り調べの方法として、内容を逐一朗読するか、あるいは、その要旨を告知するかは、直接審理、口頭主義とは無関係である。証拠書類の証拠能力を認めてこれを証拠とすること自体、最早間接書面審理であつて、その内容を逐一朗読しても、それは直接審理にもならないし、口頭主義でもないのである。証拠書類としての書面には、目で見て読みとれば理解し易いが、文字どおり朗読し耳で聞いては却つて理解しにくかつたり、時には聞き違いをして誤解する場合さえある。このような証拠書類についてその要旨を的確に告知することによつて証拠の意味内容を正確に、端的に把握することができる。そのいづれを選ぶべきかは証拠書類の種類、分量、内容によつて適当と認める方法を決定すべきである。逐一朗読することが直接審理、口頭主義にかない、要旨の告知が間接書面審理となるという筋合のものではない。

また弁護人は、公判手続更新の場合は、新たに更迭した二人の裁判官は更新前の審理には白紙なのであるから、従来の証拠書類は公判廷において逐一朗読して細大漏らさず、その心証を形成すべきである。要旨を告知ことは、この更新手続の要請を充たし得ず、その本質に反する。山岸裁判長は、新たな二人の陪席裁判官も記録をよく見ているから要旨の告知でよい、というが、記録を能く調べているかどうかということと、直接主義、口頭主義を建前とする更新手続とは無縁である、と主張するのである。

しかしながら証拠書類の取り調べ方式として朗読と、要旨の告知と、いづれが、その内容を端的正確に把握するために適当であるかは、各証拠書類について判断すべきであつて、常に朗読が要旨の告知に勝るものでないことは先に記したとおりであるが、公判手続更新に際して更迭した新たな裁判官が更新前の証拠書類を通して的確な心証を形成するためには、その証拠書類を仔細、丹念に精読、吟味、検討することが極めて重要なことである。また、裁判官の心証形成の上でも、公判廷における証拠書類の取り調べ方法として逐一朗読より要旨の告知の方が勝る場合のあり得ることは再言を要しないところである。

畢竟所論は証拠方法に関する直接口頭審理主義の意義を曲解し、法解釈を誤つて、裁判官の適正にして妥当な措置を非難して、これを忌避の理由とするもので当を得ない。(兼平慶之助 関谷六郎 小林宣雄)

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